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京都・嵯峨野『油掛地蔵』
エゴマの燈明油で栄えた町『天下分け目の天王山のふもとに位置する大山崎町』 歴史を踏まえてエゴマにまつわる文化を生かし町の活性化を目指して後世に伝えようと頑張っている会がある。 その仲間たちと一緒に京都・天竜寺油掛町に存在する油掛地蔵を見に行った。
Updated Date : 2019-03-14 22:00:09
Author ✎ himebara55
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嵯峨の油掛地蔵
街中の雑踏とはかけ離れた田園風景が残った嵯峨野を過ぎ有栖川沿いをあるくと「油掛町」 安堵橋(現甲塚橋)を過ぎ、しばらく遡ると油掛地蔵の赤い幟と橋が見えてくる。
地蔵堂は前面が開放され誰でも参拝でき、 柄杓で掛けた油が垂れて床の一角に集められ何度でも掛けることが出来るように工夫されている。
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参拝者が多いのには驚いた。 年配者から子供まで、通り掛った人がちょっと寄って油を掛け一心に拝んでおり、厚い信奉心をつくづく感じた。
お堂の額には「油掛 大日如来/地蔵尊 御詠歌」として「あさひさす日の出かがやく油かけ ただひとすじにたのめこそすれ」と掲げられている。
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花と線香が手向けられて大事に祭られているお地蔵様である。
お参りに見えた近所の方にいろいろな歴史を教わる。 当地は有栖川の両脇には菜の花が咲き、「菜たね街道」と呼ばれていた。 以前は大覚寺のお坊さんが毎朝読経に来られその様子が描かれて物があるかも・・・とのことで一行はこの川沿いを通り大覚寺を目指す。
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道標石の背後には参拝者や地域の人達の憩い場であろう・・長椅子まで置かれた集会所があり、左側の辻堂に油掛地蔵が祀られている。
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寛政10年銘で「右あたご、左こくうぞう」と刻まれた道標石がこの「辻」に立っている。
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昭和58年の油落とし調査で光背に「延暦3(1310)年、願主・平重行』の刻銘が確認されたとのこと。

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京都市左京区嵯峨天龍寺油掛町
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