OpenMatome View

月刊・京の舞妓さん 10月号【2】/2012年 - 舞妓倶楽部
月刊京の舞妓さん 10月号【1】でもご登場いただいた上七軒舞妓の梅ちえさん。今月のコラムでは、舞妓デビュー前の彼女が、はじめて舞妓さんの髷に結う“試し結い”を経て、見習いさんとなり、“白塗り”のお化粧に挑む姿をお届けします。 約束の時...
Updated Date : 2017-09-14 15:47:58
Author ✎ maikoclub
この記事のシェアをお願いします。☺

舞妓デビューの舞台裏 ~見習いさん奮闘記~
月刊京の舞妓さん 10月号【1】でもご登場いただいた上七軒舞妓の梅ちえさん。今月のコラムでは、舞妓デビュー前の彼女が、はじめて舞妓さんの髷に結う“試し結い”を経て、見習いさんとなり、“白塗り”のお化粧に挑む姿をお届けします。
『箱まくらには慣れてきましたか?』 『あきまへんわ…。眠れやしまへん!』
約束の時間は、午後1時ジャスト。屋形の二階に行くと、鏡台が四つ並んだその部屋に梅ちえさんはいらっしゃった。「おおきに。よろしゅうおたのもうします」。割れしのぶに結われた髷(まげ)が畳に付くのかと思うほど、深々と頭を下げて、迎え入れてくださった。 彼女にはじめてお逢いしたのは、今年の5月。お茶屋『梅乃』のお座敷に上がらせていただいた時のこと。宴席にビールや食べ物を運んではまた奥に戻るを繰り返す…。その度に、襖越しにお辞儀してくださったのだけれど、目が合うと、きゅっと固く結んだ口元にかすかに浮かぶ微笑みが素敵で、印象的だった。それから夏のあいだじゅう、毎月のようにお逢いする機会があり、修業中の身である“仕込みさん”としてのお話を聞かせてもらったりしてきた。 「今度、あの娘、試し結いすることになりましてん」。女将さんからそう聞いたのは今年8月はじめの頃。試し結いとは、「そろそろお店だししてもええ頃かな」と女将さんが判断した時に、舞妓さんの髷に結ってみることをいう。 仕込みさんとしては、少しでも早く舞妓デビューしたい気持ちでいっぱい、女将さんとしても早くデビューさせてやりたいという気持ちでいるそうだが、髪を結ってみると、双方の気持ちに変化が起きることが多いらしい。「いけそうやと思ってたけど、まだちょっと先やろか?」とか、逆に「思ったより早くいけそうやな」というのは、“お試し”してみなければ分からないのだ。つまり、デビューすることが決まってから結うのではなく、結ってみてはじめてデビューするかどうかを決めるということなのである。 舞妓さんの髷は、すべて地毛で結われる。仕込みさんになった当初、梅ちえさんの髪は比較的短く、「伸ばさな結われへんのに、なかなか伸びへんもんで、困っとるんどす」と女将さんは常々言われていた。想像した以上に試し結いがうまくいったので、その後、髪結いの先生に相談してみたところ、「結えへんこともないです」ということで、お店だしの方向に話は進んでいったという。
仕込みさん時代の梅ちえさんは、お化粧もほとんどされていなかったし、髪は襟元の低い位置でひとつにまとめられていたので、割れしのぶを結われて、お化粧を施したお姿を最初に目にした時は、正直、たじろいでしまった。あどけなさの残る少女が、何の前触れもなく、いきなり大人の女性になってしまったような印象を受けたからだ。 しかし、不思議なもので、5分、10分…しばらく経ってじっくり拝見すると、しっくりと馴染んでいることに気がついた。初々しく、実によくお似合いである。これも、修業時代にさまざまな教養を身に付け、自分を磨き、日に日に成長してこられた証だろう。女将さんは言う。「日本髪は独特やからね。あの娘は崩れやすい髪質やから、人の2倍も、3倍も通てもらわなあきません。それで良かったら結わしてもらいますって髪結いさんが言いはるんどすわ」。 こうして、梅ちえさんは“仕込みさん”から“見習いさん”となったのだが、ここから新たな試練がまたひとつはじまった。『枕』が変わるのである。仕込みさんの時は、私たちが普段使うのと同じ、ふかふかした素材のものを使っているが、いったん髪を結いだすと、その形を綺麗に保つために、箱枕で眠らなくてはならない。舞妓さんが髷を結い直すのは、7~10日に一度くらいのペースなので、昔の女性と同じで、あの髪を結ったまま生活するのである。 「幅自体、こんなもんどすわ。斜めに、耳の後ろにおいて、髪があたらへんようにしてますけど、寝返り打ったら落ちますね」。親指と人さし指を広げて、お姉さんの梅やえさんが箱枕の幅を教えてくれた。器用な人は眠っている間も、無意識に頭をあげて置き換えて寝るらしいが、梅ちえさんは「あきまへん。なかなかよう眠れまへんわ」。 しかし、髷は、舞妓さんの命ともいえる象徴。やがて衿かえをして芸妓さんになる日までの数年間は、否が応でも箱枕に慣れていかなくてはならない。と、言葉でいうのは簡単なのだけれど、たとえ一晩でも、箱枕で眠るか、それとも、座ったまま夜通し起きているかのどちらかひとつを選べと言われたら…同じ睡眠不足になるとしても、私なら迷うことなく後者を選んでしまうだろう。梅ちえさん、おきばりやす!
白塗りは『守・破・離』  まずは、“お姉さんのお化粧を徹底的にマネすること”から
鏡台に向かう梅ちえさんの横には、一枚の写真があった。先日、お姉さん舞妓さんの梅やえさんのお化粧してもらった時のポートレイトだ。自分でお化粧するのは3度めというこの日、「これを見ながらやるんどすが、同じようにはうまいこといきまへん」。みると、手には四つ折りの紙。広げて、畳の上にそっと置く。お姉さんに教えてもらったお化粧のポイントが細かく書き込まれたメモだった。 「うちもここにおさしてもうてよろしいどすか?」。梅ちえさんが白粉の入った容器に水を足し、刷毛で溶いていると、奥の障子が静かに開いて、お姉さん舞妓さんの梅やえさんが入ってこられた。鏡に向かう梅ちえさんから少し離れた後ろの方で正座して、彼女の一挙一動を眺めるその目はきびしさに満ちていた。
白粉を溶き終えると、次はピンク色の粉を同じように水で溶かしていく。パレットの上の絵の具のように、水を少しずつ足していきながら、刷毛で溶き、手の甲にちょんと落とし、混ざり具合を確認する。「全部、目分量どすね。感覚どす。“水は●ml入れる”とかそういう風ではなくて、これくらい入れたら、手につけた時にこれくらいになるからって、私も姉さんに教わってきたんどす」と梅やえさん。 おしろいの準備ができると、次はいよいよ白塗りの下地だ。鬢(びん)付けの油を取り出し、細かくちぎって手のひらの上で伸ばしていく。油というと液体を想像する人もあると思うが、実際は蝋のような色をした固形で、手の熱で溶けるほど柔らかい。まんべんなく塗るのが難しいそうで、この頃、梅ちえさんは日々、特訓中であるという。 おしろいは、お顔から。額、頬、首もとへと刷毛で塗り、スポンジでなじませていく。背中と首筋も合わせ鏡を使い、同じように塗っていくのだが、初めのうちは、“二本足”を上手に描くのは至難の業だという。女性の方ならきっとご経験があるのではないだろうか?お化粧をしはじめた頃、鏡に向かって、左右の眉毛を均等に描こうとしてもうまくいかず、何度もやり直したことが…。これと同じことを鏡に背中側でやるということが、どれほど大変なことかは想像できるのではないかと思う。 白塗りを終えると、頬紅、眉毛、目元に色を加えていく。舞妓さんの顔に使える色は限定されていて、下地の白以外では、赤、ピンク、黒の三色だけ。「物凄いこってり厚化粧に見えますけど、工程は単純どす」と梅やえさんが言うように、グラデーションカラーを重ねづけして陰影を出したり、唇の輪郭をペンで描いたりといった手の込んだことは一切しない。先の言葉通り、あくまで白く塗った肌に、“色を加えていく”という感覚だ。
シンプルゆえ、「それだけで表現するのは難しいどす」と続けて梅やえさん。 「舞妓さんになって一年くらい経ったりしたら、自己流というか、梅ちえちゃんの色というか、自分の顔に合ったやり方でやっていかはるようになると思うんですけど、今、してるお化粧はほんまにうちのマネをしているだけなので。出たての娘は、最初はもうほんまに姉さんのマネから入りますから。私もそうでした。梅ちえちゃんのお化粧さしてもろた初日に周りの人に言われましたわ。“あんたの顔やなあ”って。(笑)それがあの写真どす」黙々と鏡に向かう梅ちえさんの手元にある写真を指さした。
お店だしすると、生活自体が劇的に変わるという。これまでは、家やお店のお手伝いだけだったのが、舞妓さんになると、呼ばれて他の屋形に行ったり、よその花街に出張したりなど、お仕事の幅はグッと広がる。現在、梅ちえさんは8科目のお稽古を習われているそうだが、これらに加えて、お茶、お笛、鳴り物、清元、小唄などさらに6つ増えるのだそうだ。 お化粧を終えた梅ちえさんが、少し不安げな目で鏡の中をのぞいていた。「ここ、ムラになってるわ」「ここ、なんで塗ってへんの?」と梅やえさんからきびしいチェックが入るたび、申し訳なさそうに肩をすくめて、「すんまへん」と小さな声で返しながら、深く頷いていらっしゃった。 この後、お座敷に出られるのかと尋ねてみると、「今日どすか?何が入るか分からしまへんけど、声がかかるかもしれまへん。一応“おこしらえ”して待ってはるんです。仮に何もなくても、お稽古になりますからね。積み重ねが大事どす」と梅やえさん。 自分でお化粧をはじめられてからまだ日は浅い。それでもなるべく手早くできるようにと、時計を見ながら、どれくらいのスピードでできるかを考えながら練習されているという。『日々精進』-今の梅ちえさんほどこの言葉がふさわしい女性は他にいないだろう。どんなに小さなことでも決して手を抜いたりせずに、丁寧に、何度でも、できるようになるまで粘り強く立ち向かう。今回の取材を通して、忙しない日常の中、忘れかけていた大切なことを教えていただいた。
Photos:Copyright(c)2012 Maiko Club All Rights Reserved
この記事のシェアをお願いします。☺


関連記事

京の四谷~ 『古知谷、鹿ケ谷、小松谷、泉谷』
曲水の宴  『城南宮』
珍しいスタイルの本屋さん  『こもれび書店』
祇園祭・後祭の鉾建て(動画)  『北観音山と南観音山』
「九重桜」の意味するもの  『常照皇寺』